決断に時間をかければかけるほど、「やっぱりやめとくか」になる。
人間は迷う時間が長ければ長いほど、最終的に現状維持を選ぶようにできている。
(via jacony)
決断に時間をかければかけるほど、「やっぱりやめとくか」になる。
人間は迷う時間が長ければ長いほど、最終的に現状維持を選ぶようにできている。
(via jacony)
アフリカでは、毎朝、一頭のガゼルが目を覚ます。
そのガゼルは、一番速いライオンに走り勝たなければ、殺されることを知っている。
アフリカでは、毎朝、一頭のライオンが目を覚ます。
そのライオンは、一番遅いガゼルよりも速く走らなければ、飢え死にすることを知っている。
ライオンであるかガゼルであるかは問題ではない。
日が昇ったら、走ったほうが身のためだ。
(via thresholdnote)
100%正常な家庭は存在しない。
しかし、90%正常な家庭と0%正常な家庭とを、同じ土俵の上で論じてはならない。
「どこの家庭にもその程度のエピソードは存在する」のように論じてはならない。
工場の歩留まりと同じですね。
「1%の不良品ぐらい大したことない」と思って、不良品を生む不適切なプロセスを100ヶ所経由すると、不良品が100%になってしまい良品が生産されなくなる。
つまり、社会生活に適応できない子供が社会に出てしまうのです。
(via handa)
ぼくたちは、自分たちが体制から捨てられた/無視された世代だと感じている。政府は巨額のお金を外国での戦争につぎ込み、政党の論理に振り回されてばかりいた。政治家は、テクノロジに無理解な老人ばかりで、その状況が変わる気配はない。企業もぼくらに背を向けた。2008年の金融危機の年に成人になった人は多いが、大学を出ることが幸福な生活への鍵だという神話は、すでに破産していた。卒業しても、仕事はなかった。
だからぼくたちは、自分の仕事を自分で作り出した。自分のスタートアップを作ったり、YouTubeでビデオを作ってお金を稼いだ。既存のNGOはほとんど停滞し官僚化していたので、自分たち独自の非営利活動も作り出した。有機栽培野菜や無添加食品を、自分たちで作って売った。もうぼくたちは、あなたたちから仕事をもらおうとは思わない。あなたのアドバイスも、指示も要らない。もうすぐ、あなたがたのレコード会社や出版社も要らなくなる。iTunesやAmazonなどの上で、ぼくたちが、自分でそれをやるから。たぶん、お客さんとして以外は、もうあなたたちは全然要らない。
(via m7kenji)
あなたの目の前に豆腐があると想像してください。
そして、私がそれを指さして、
「この豆腐は白いんですよ」
と言えば、あなたは
「そりゃそうでしょう。見ればわかります。」
と答えますよね。
これが「常識」。
次に、私は、「この豆腐の白さはね、現代の不安を象徴してるんですよ。」
と言います。
これを聞いた人のほとんどは、
「はあ?」「よくわかんない!」
と反応するでしょう。
これが「芸術」。
最後に、「豆腐はね、すごく栄養があるので、
“畑のステーキ”みたいなものなだんだよ」と言ったら、あなたは、
「確かにそうだね」「あ、そういえばそうだ」
と答えるはず。
これが、「コピー」なのだと、谷山氏は考えています。
ストレンジャーテストとは、買おうか迷っているときに「見知らぬ人からその金額でその商品を譲って欲しいと言われたらどうするか?」を自分に問いかけるというテストです。たとえば、10万円の液晶テレビの購入を迷っているとして、その商品を「10万円で譲って」といわれたら、現金10万円のほうが自分にとって魅力的か?それともやはり液晶テレビか?を考え、前者であれば購入を見合わせると判断するといった具合です。
このテストの利点は、買うべきかどうかを判断する機会を冷静に自分に与えられること。自分の理性と対話し、やはり欲しいものなら買えばいいし、そうでないなら再考したほうがよいと判断すればよいのです。PCや家電・自動車といった高額な買い物のとき、特に使えそうですね。
時間というものは一時間あったら50分しか使ってはいけないものだ、とわしは子供の時おそわった。
どんなに根を詰めても10分は休まないとな。
朝の8時から起きて一日を過ごせば、午後8時にはほぼ完全な休息に入らなければ人間は人間でなくなってしまう。
10歳以下の子供なら午後8時はもうベッドに入っている時間である。
眠るためでもあるが、日常とは切り離された時間のなかで、いろいろなことを考えるためです。日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。
「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。
逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。
この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。
ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。
持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。
自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。
SFって読んだことないけどおもしろいのかな。文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。
そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。
(via m7kenji)